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KUSHIZZI PROJECT  櫛橋 茉由

KUSHIZZIPROJECTオフィシャルブログ

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言葉が通じるということ

言葉が通じると、



関わりが深まる。



よくも、悪くも。




聞きたくないことまで聞こえる。




私にはどうして言葉を相手に投げつけることができるのかがわからない。



私にはどうして発する言葉を選ばないのかがわからない。






私にはどうして人の気持ちを考えて話をしないかがわからない。





わかりたくもない。




そんな考えなんて。




私は言葉は本当に大切だと思っている。

自己表現、コミニュケーション、対話。


人を傷つけ、人を幸せにする。



聞きたくない言葉は弾こう。


そういう言葉を簡単に発することができる人にこう言いたい。



あなたは、その言葉を

あなたのとても大事な人にも言えるのですか?



悪い言葉は回るんだ。


悪いことを投げつけられて抱いた気持ちは、さっさと捨ててしまおう。



イタリアに来て、もうすぐ一年半。



海外に目をキラキラさせている留学希望者に言いたい。



留学ってものは楽しいことばかりではない。


むしろ、つらいこと、悔しいことばかりだ。

日本人としてナメられたり、
差別されたり、
意見を聞き入れられなかったり、

マイナス面は常につきまとう。

仕事をしていた時には、なかった不安。
例えば、仕事は例え会社の中で
そういう問題が起こったとしても、
法律、福利厚生が守ってくれる。

嫌な上司がいたとしても、
最悪パワハラで訴えたりもできる。
そして、何より言葉が通じる。
同じ日本人としての価値観がある。



しかし、小さな島の外ではどうだ?



大陸の人たちは全く異なる価値観、
金銭感覚、言葉を持っている。

私は自分自身で自分を守り、
勝負しなければならない。


誰も守ってくれない。



もちろん、幸運なことに
素晴らしいサポーターや友達に恵まれ、
安心して生きられている。


それでも最終的に物事を選び、決断するのは自分である。



今までそうやって決断してきた。


最近弱っていたのは、
イタリア語を使って人と戦うことに
疲れていたからである。


本当は言葉で相手と意見を言いあうのが基本的に得意ではない。


争っても疲れるだけやん。って思っていた。
めんどくさい。って思っていた、
もーいーやん。って。


しかし、人生、はっきり戦う時には戦わねばならない。




たしかに、試合の時に審判へ意見を言うのと同じである。



自分のポイントだと思う貴重な1ポイントを、もーいーやん。抗議するのめんどくさい。



とはならない。絶対。



実際私はよく審判へ意見を言う、


それが団体戦ならますます言う。

それが自分がコーチに入ってる選手の試合ならますますますます言う。


選手目線より言いやすいから。




それと同じことが9月に入ってからあまりにも多かった。


ある人とは英語で戦い、

ある人とはイタリア語で戦う。



もーいーやん では終わらせられないこと。

自分を守るために言葉を使う。


ノー! と言うこと。

理論詰めにすること。

自分の正しさを実証すること。





もーいーやん では終わらせない強さをもっともっと養おう。



今は自分を守るためだけれど、


それが家族、友達、大事な人たちがもしそうなっていたら、


私はもっともっと戦うはずだ。




自分も同じだ。




言葉を有用に使うぞ。




そんな土曜日。


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